2.近未来の人口減少によって起こる社会・経済の激変を乗り超える発想
厚生労働省は令和7年2月27日、「令和6年(2024年)の出生人数は、72万988人で統計開始以来の過去最少を記録した」と発表しました。
さて、現在の「20代前半」の人口数と、20年後の「20代前半」の人口数を人口動態統計から見ていくと、1997~2001年生まれの5年間の出生数は約593万人であり、一方、2017~2021年の5年間の出生数は約438万人になっています。したがって、20年後には、現在の「20代前半」の人口26%が減少することになり、わずか、20年後には新卒者が、現在の新卒者数の75%に激減することになるのです。
新卒者の激減は、予測、予想ではなく現実に起こる実数値であることから適切な対策、施策を整えて、20年後に備える必要があります。さらに新卒者の激減に、コンピュータテクノロジーによる生成AIの進化が加わって、事業の再構築を念頭におく必要がでてきます。
激減する出生数、なお、その上に未曽有の高齢化が日本社会における近未来の経済構造、それに伴う機構、機能、制度に大変革をもたらすことが予測できるのです。
特に出生数の激減は、就業人口の減少に歯止めができず、年功序列や終身雇用の慣行が崩壊する反面、人生100年時代を反映して高齢者の就労が増加し、大企業も、中小企業も組織の秩序が乱れて不満や不安の影に脅かされる可能性がでてきます。
高度経済成長の人口増加をベースに描いたビジネスのあり方、生き方の価値観を根底から覆して、大量生産・大量消費の経営は夢のまた夢で儚く消えていきます。巷間、予期しない想定外のトラブルや問題が頻繁に発生して、政治、経済が停滞し、若年層が自信を失い閉塞感が漂うようになることが予測されるのです。
そして、若年層の激減と、一方では、現行の年功序列や終身雇用に勢いが増し、また、定年年齢の引き上げによって起こる矛盾が表面化し、組織の無秩序化が起こることも予測できます。こうなると、若年層に心理的な圧迫感が生じて労働意欲を喪失し、社会や企業組織内に新風が吹くどころか、生産性向上の妨げになってマンネリに陥り、企業の勢いや活力が失われ、新しいアイデアも生まれなくなり、まさかの坂を転げ落ちることが懸念されます。
出生人口の激減、高齢化社会は、人々の価値観を劇的に変化させ、ヒト・モノ・カネが流動しなくなり消費活動に行き詰まりがきて、今日まで、日本の経済成長を支えてきたデパート、ショッピングモール、量販店、コンビニ、自動車、家電品、銀行・保険(金融)、建築、不動産、運輸、宿泊観光など、全業種業界で閉店・閉業ラッシュが起き、加えて、教育機関の崩壊が心配されるようになります。このような超減速経済による閉店、閉業ラッシュを乗り超えるには、高度経済成長の人口増加を前提にした商品やサービスの構成では、市場が受け入れなくなるのは火を見るより明らかです。
よって、市場が受け入れやすい商品、サービス構成を考案する必要に迫られます。それには、「本物の真・価値」を創造する以外に手立てを見出すことはできないとするのが、筆者の持論です。つまり、どこを切っても金太郎飴のような大量生産・大量消費・大量廃棄の薄利多売の商品、サービスから脱却し、新しい発想による高付加価値の原理・方法のモノ=商品、コト=サービスを生み出さなければ生き残りが難しくなります。
上述してきたように、出生人口の減少、高齢化によって就業人口の減少に歯止めがかからず、製造業、サービス業に従事する人手不足は慢性化し、社会が機能しなくなることが予測されるのです。よって、生産を抑制して利益を大きくする方法に転換する対策、施策を講じなければ企業の存続が危ぶまれることになります。であるとするなら、大量生産・大量消費の「薄利多売」から、適量生産・適量消費の「厚利少売」に切り換える必要が出てきます。
例えば、ドイツの自動車メーカーのフォルクスワーゲンとポルシェを比較すれば理解が深まります。2013年のフォルクスワーゲンの販売台数470万台、ポルシェ16万台、フォルクスワーゲンの営業利益3994億円で、ポルシェは3559億円です。
ポルシェは、フォルクスワーゲンの30分の1の販売台数で、フォルクスワーゲンとほぼ同じ営業利益を稼いでいるのです。
さらに、2020年を比較してみると、フォルクスワーゲンの販売台数は、532万台、営業利益590億円(2019年の営業利益4920億円)で、一方のポルシェは、2020年の販売台数は27万台、営業利益5527億円でした。
ポルシェは、フォルクスワーゲンが販売する5%の販売台数で、フォルクスワーゲンの10倍の営業利益を稼いでいるという、この実態を、どう分析し、どう評価するかです。
ここに車という本物の真・価値があり、本物を評価するヨーロッパに古代から根づいている独特の文化があります。古くからある伝統、文化でありながら、実は先駆けであり先鞭の新しい本物の真・価値なのです。
論語の為政篇にある「温故知新」、俳聖芭蕉の「不易流行」に通じるものがあり、大量生産・大量消費・大量廃棄から、高付加価値のモノ=商品、コト=サービスが生まれることは「無い」と言える証左です。何処を切っても金太郎のモノ=商品、コト=サービスでは、誰でもが日常的に、何処にいても、手に入るので見向きもされなくなる可能性が大きいのです。
人口減少の時代は薄利多売ではなく、「厚利少売」の希少的価値による「本物の真・価値」を創造したモノ=商品、コト=サービスが市場から求められようになるのです。
本物の真・価値によるモノ・コトを実現させるには、循環する自然界の摂理に生きる『人間思考=世の中への役立ち』と、本物の「美」を求めて止まない『アート・芸術思考』の二つの思考で構成され、それをサポートする手段、方法(メソッド)に工学的・科学的・多次元(メビウス循環…エビデンスデータの組合せ)的アプローチによる技術とコンピュータテクノロジーを融合・一体化したものによって完成されるというのが、半世紀かかって得た筆者の答えです。
それには、モノ=商品を「もったいない・あきらめない・捨てない」で循環させるという地球環境保全の概念を採り入れた高付加価値の本物のモノ=商品、コト=サービスを産み出すことが不可欠です。テレビ番組などで「断・捨・離」が持て囃され、日本人が、その昔から持っている「もったいない」精神など、どこ吹く風で、経済最優先の大量生産・大量消費・大量廃棄に歯止めが掛からないので地球環境も壊れていく一方になります。
古くから受け継いでいるモノ・コトを大切に伝承し伝統を受け継いで、文化として遺していくことが「本物志向」と言えるものです。人間が歴史の中で創造してきた「アート・芸術」の「美」における「本物」を破壊してしまうと、二度と元に戻すことはできません。
したがって、人間が培ってきた本物志向による「アート・芸術」の「美」と、経済、自然環境保全を融合させた世の中を造っていくことが、今、生きている我々の責務であり、それが「もったいない・あきらめない・捨てない」の本物の真・価値になるのです。地球あってのモノダネです。地球を壊してしまったのでは、社会、経済が成り立つ道理はなく、人類の生存を危うくすることになるだけです。