Vol. 27
丁寧な暮らしを彩る
漆芸装飾の世界島本恵未さん(表望堂)/井助商店
幸(sachi)とは?
職人技と呼ばれる“極み”を完成した人々、”ケアメンテ”も縁の下の力持ちに徹し、
静かに”技”を研鑽している。伝統工芸の職人技とケアメンテの職人技は共通しており、
それぞれの技の“極み”を発見してもらうために「幸」がある。
長年に渡りご紹介してきたハッピーの季刊誌 「幸(sachi)」が、WEB版に生まれ変わり待望の復刊です。
椀や重箱をはじめとした日本の食文化に欠かせない漆の器。茶道具の発達した京都ではとくに貝や金銀などで装飾が施された漆器類が作られてきました。次世代に日本の美しい伝統文化を伝えたいという思いで新しい漆芸の表現に取り組む蒔絵師の島本恵未さんに漆の魅力についてうかがいました。
漆に見出した用の美
漆の樹液を用いて作られる漆工芸。その艶やかで深みのある色は「漆黒」という言葉に表されているほど。古くは縄文時代の遺物にも漆塗りの木製品や土器が見られ、刀の鞘や仏具など幅広い道具に漆が施されるなど、日本人の暮らしに密接したものでした。
なかでも京都は茶の湯の文化とともに漆器作りが発展した場所。高台寺蒔絵に代表されるように優美で繊細な蒔絵が施された道具が数多く作られてきました。
漆芸家の島本恵未さんは、そんな漆の世界に魅せられた若手作家のひとりです。大学では日本画を専攻していましたが、授業の一環で出会った漆に惹かれて漆芸の世界へ入りました。
漆は塗る前にしっかりと練ることで、艶のある美しい色が生まれる
「もともと着物などの日本文化に興味がありましたが、漆はお盆や文箱などの、人に使ってもらえるものを作るということに感動したんです。使うものの美しさというのでしょうか。漆のことを勉強すればするほどどんどん興味を持つようになりました」と、漆器の歴史や成り立ちを含めた、漆を取り巻く全てに関心が広がったと言います。
その後、授業で講師を務めていた漆芸家の村田好謙氏に弟子入りし、蒔絵の手ほどきを受けるとともに、塗りについては京都産業技術研究所で基礎を学ぶなど漆に向き合ってきました。師の元では職人として仏具やオーダー品の制作など数多くの漆工芸にたずさわり、技を磨いたそうです。そして塗師であるご主人と結婚後は漆芸工房・表望堂を設立。柔軟な感性で漆の表現に取り組んでいます。
艶の出た漆を濾紙で濾し、漆に含まれている不純物を取り除く。これらの下準備が仕上がりを左右するとか
華やかな蒔絵を現代風に
多様な漆の表現に取り組んできた島本さんですが、なかでも得意とするのは煌びやかな金属粉がちりばめられた蒔絵や貝殻を組み合わせた螺鈿の分野。
「桃山時代に作られた“南蛮漆器”と呼ばれるものが好きなんです。主に輸出用に作られたもので、キリスト教がモチーフのものもあり華やか。螺鈿や金粉がふんだんに用いられていて、手数が多くてキラキラしているんですよ」
金粉や銀粉を贅沢にあしらった作品はそれだけで高価なものとなり、現代では再現することも難しいそうですが、島本さんが目指すのは見た人の心が躍るような美しい作品。もちろん作品の手数が多いということは図案や工程も複雑になり手間暇がかかりますが、日本画を専攻していただけに図案を描くのは得意の分野です。
「まず下絵を描いてそれを写し、図案に合わせて漆を塗ります。その上に金などの粉(ふん)を蒔いて、さらに漆を塗って硬化させ、最後に粉の部分が見えるまで磨いて艶を出します。高蒔絵といって漆を厚く盛り上げたり、粗い粉と細かな粉を組み合わせて立体感を出すこともありますし、螺鈿を施す場合は貝殻を切ったり磨いたりの作業も加わりますね」
螺鈿に使われるのは夜光貝などの内側にある真珠層と呼ばれる光沢の部分。図案に合わせてカットし、周辺をやすりで磨いていく
漆を硬化させるには湿度が必要で、そのために室(むろ)と呼ばれる高湿度を保った空間に作品を入れておく工程が入りますが、気候や天気にも左右されるため「漆に振り回されながら」作業を進めざるを得ないことも。漆の状態と対話しながら細やかな工程を丁寧にこなす根気の強さが求められる仕事です。それでも島本さんにはどの作業も「気がついたら時間が過ぎてしまっている」というほど没頭できる幸せな時間なのだとか。
緻密な螺鈿細工が施された写真立ては、大丸創業300年を記念してオーダーされたもの。島本さんの目指す丁寧な手仕事が結晶した作品となった
次代につなぐ表現者として
漆芸に用いる道具は実に多彩で、その多くが数百年前から変わらず漆工芸に用いられてきたものだそうです。
「漆にはおもしろい道具がたくさんあるんですよ。例えば鯛の牙は高蒔絵の盛り上がった部分を磨くときに使います。カラスの羽は骨の部分を自分で削って尖らせ、やはり蒔絵を磨くときに使います。他にもネズミのお腹の毛を使った筆とか人毛の刷毛とか……どれも昔の職人さんたちが編み出した技術の結晶だと思って大切に使っています」
他の道具では代用できない絶妙な使い心地に、蒔絵職人が連綿とそれらの道具を使い続けてきた理由に納得しながら、手を動かす日々とか。
そういった伝統の技法と道具を用いながら、島本さんが大切にしているのは「漆の可能性」と「自分らしさ」。従来の重箱やお椀といった道具類に留まらず、現代のライフスタイルに合わせて使うことのできる作品です。
「漆は木の器のイメージがあるかもしれませんが、ガラスでも金属でも、何にでも塗ることができるんですよ。現代の素材に漆を組み合わせて、それを見た方の反応を見ながら新たな作品作りを模索していきたいですね」
終始穏やかな表情で話す島本さんですが、「自分たちの使命は次の世代へ漆の技術を渡すこと」ときっぱり。かつて「ジャパン」といえば漆器を指したように、日本の象徴でもあった漆芸の継承者として表現を追求し、時代に即した形へと進化させています。

塗師屋包丁、人毛の刷毛(大・小)、ヘラ(大・小)、鯛の牙、蒔絵筆、カラスの羽

愛らしさと上品さがただよう白漆の棗。日本画を学んだからこそ生み出せる美しいデザイン

和のモチーフが多い螺鈿を洋花で表現。螺鈿と色漆、金彩を組み合わせたワイングラスは、軽やかで日常使いにも溶け込む美しさ

高蒔絵で松を立体的に表現したワイングラス。ワインを注ぐと月影がほのかに浮かぶ仕掛けになっている

表望堂
塗師の杉本晃則氏、蒔絵師の島本恵未氏が2014年に京都市内に設立した漆芸工房。伝統工芸品をはじめ、ホテルなど建築物の内装、アート作品など幅広い分野にて活躍。
https://www.hyobodo.kyoto/
漆器の買えるお店
「伝統の漆器からコラボ商品まで幅広い品揃え」
漆器の井助(株式会社井助商店)
井助商店は、京漆器が隆盛を極めていた文政年間創業の老舗。当時は漆そのものを扱う漆商でしたが、現在は伝統的な茶道具や重箱に留まらずモダンな洋食器まで幅広く展開。とくにオリジナルの「isuke」ブランドでは、プロダクトデザイナーとのコラボ商品「MOKU」シリーズのような従来の漆器とは一線を画すデザインの漆器も手掛けています。海外にも積極的に進出し、日本の伝統工芸の魅力を伝えています。
住所 京都市下京区柳馬場通五条上る柏屋町344
電話番号 075-361-5281
営業時間 9:00~17:30
土曜、日曜、祝日他、不定休あり
https://www.isuke.co.jp/

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