Vol. 31大原野の里で生み出される
現代の名仏たち松本明慶(みょうけい)工房 松本明観(みょうかん)さん
現代の名仏たち松本明慶(みょうけい)工房 松本明観(みょうかん)さん
幸(sachi)とは?
職人技と呼ばれる“極み”を完成した人々、”ケアメンテ”も縁の下の力持ちに徹し、
静かに”技”を研鑽している。伝統工芸の職人技とケアメンテの職人技は共通しており、
それぞれの技の“極み”を発見してもらうために「幸」がある。
長年に渡りご紹介してきたハッピーの季刊誌 「幸(sachi)」が、WEB版に生まれ変わり待望の復刊です。
日本に仏教が伝来して以降、数多くの仏師の手によってさまざまな仏像がつくられてきました。なかでも日本の仏像史に名を残す名作を多数生み出したのが、鎌倉時代に活躍した運慶や快慶です。慶派と呼ばれる彼らの技を現代に受け継ぐ「松本明慶工房」を、京都の西山・大原野の地に訪ねました。
仏教の信仰とともに始まった日本の仏像製作
日本で本格的に仏像づくりが始まったのは、飛鳥時代。仏教が伝来するとともに飛鳥寺や法隆寺などの寺院建立が盛んになり、国内でも仏像がつくられるようになりました。日本最初の仏師は鞍作止利(くらつくりのとり)(止利仏師(とりぶっし))とされており、推古15年(607年)創建の法隆寺の釈迦三尊像の光背にその銘が刻まれています。
その後、平安時代にかけて多くの仏像がつくられるようになりますが、とりわけ有名になったのが寄木造の技法を完成させた定朝(じょうちょう)でした。
定朝は多くの弟子を抱える仏師集団として活動し、その貴族好みで優美な作風は定朝様や和様(わよう)と呼ばれて受け継がれ、運慶や快慶などに代表される慶派へと続く系譜が生まれました。なお、定朝の唯一現存する作品に、藤原道長・頼道父子が建てた宇治・平等院鳳凰堂の本尊、阿弥陀如来坐像があります。
「松本明慶工房」を率いる松本明観さん。
大仏づくりに適した寄木造の技法
そんな慶派の技を現代に伝えているのが、徳川綱吉の生母・桂昌院ゆかりの寺院として知られる善峯寺(よしみねでら)そばにある「松本明慶工房」です。
ここは、“100年に一人の天才仏師”と呼ばれる松本明慶さんが開いた工房で、50人ほどの仏師たちが日々仏像制作に取り組んでいます。
工房で出迎えてくれたのは、同工房2代目の松本明観さん。父である明慶さんのもとで修行を積み、現在は3代目の宗観(しゅうかん)さんを含めた親子三代で工房を支えています。
頭部をクレーンで持ち上げ、接合部分を確認。
「この作業場では埼玉県のお寺にお納めする不動明王像をつくっているところです」と案内してもらった工房内には、高い天井に届きそうな大きな光背がそびえ立ち、迫力満点。まさに“木造日本最大級”と謳われる不動明王像の製作風景が広がっていました。
壁面いっぱいに立つ光背や巨大な不動明王像はよく見るといくつかのパーツに分かれていることがわかります。
「これは寄木造といわれる技法でつくっているところです。1本の木材から彫り起こす一木造の技法に比べて、多くの材料を組み合わせて大きな仏像をつくることができますし、仏像本体の内部をくり抜いてつくるため完成後のひび割れがしにくく、軽量化にもつながるんですよ」
左下に置かれているのが、頭部の雛型です。
木材の良い部分を組み合わせてつくることが可能な上に、寺院などに納める際には分解して運べるなど多くの利点があるそうです。
「まず雛型をつくって、それを拡大することでどんな大きさのものでもつくれます。時代が変わりクレーンや大型の電動工具を使うようになりましたが、基本的な技術は昔と変わらず同じです。うちの工房でつくる作品はすべて、仏師がノミや小刀などの道具を用いて彫っています」と明観さん。
雛型には、拡大してつくるときの目印となる線が細かく引かれています。
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雛型を分解したところ。これを元に各部を同じ比率で拡大してつくることで大きな仏像が完成します。
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左:実際の比率を確認するために、3代目の宗観さんの写真を添えています。
右:製作中の大仏の内部。雛型と同様に幾つものパーツに分かれていることがわかります。
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時代は変わっても、用いる道具はノミや小刀が中心です。
迷いを捨て一刀に想い込める
仏像製作はまず材料となる木材を集めるところから。「木材はすぐには使えませんから、うちではいくつかの倉庫に分けて保管し、十分に乾燥させて反りやヒビを整えてから使っています」と明観さん。仏像の大きさや種類に合わせて楠や桧、松などを使い分けるそうですが、なかには貴重な白檀や沈香などの香木も。
「香木は非常に高価ですから、香合仏のような小さな作品になることが多いですね」
そういって見せていただいた香合仏は、手にとって顔に近づけるとやわらかな香りがふわりと漂ってきます。
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手のひらサイズの香合仏。鮮やかな截金もまた、工房内の職人さんの手でつくられています。 -
静かに出番を待つ香木。触れるとほのかな香りが漂ってきます。
作品づくりにあたっては、下絵を描くことはほとんどないのだとか。というのも、「立体のものをつくるのに、平面で描いてもその通りにはならないですからね。それに木材を見ていると、その中からどんな仏様を彫るのかが自然と見えてくるんです」。木材の表情や特性を見極め、木材と相談するうちに自然と完成した仏像の姿が浮かび上がってくるのだそうです。
そうしてノミをあてると迷わずにすっと刃を滑り込ませるように、彫り進めていきます。このとき、刃の手入れができていなかったり迷いがあると断面がざらついてしまうのだとか。まさに「無二の一刀」。研ぎ澄ませた集中力から生み出される一刀によって、まるで磨きをかけたかのような艶のある仕上がりになるのです。
丁寧に、それでいて迷いなく彫り進めていきます。

四角い木材から球体を彫り起こす工程。球体は一見ヤスリをあてたかのような艶がありますが、刀痕だけで表現されています。

観音菩薩や童子、土台が1本の木から彫り起こされている一木造の作品。ノミや小刀だけでつくられたと思えない高度な技術が詰まっています。

柔和な表情の地蔵菩薩像。表面の彫り痕に手彫りの温もりが感じられます。
慈しみの仏様を生む現代の仏師集団
かつては完全な分業で行われていた仏像製作ですが、京都でも専門の職人さんは年々減っています。そのなかで、現在50名近い職人を抱える「松本明慶工房」は、原木の調達から彩色まで一貫して行っている貴重な存在です。
「先ほどの不動明王坐像は総高約10mですが、これまで最大で18mを超えるものを含めて20体の大仏を手掛けてきました。ここでは複数の仏師が得意な工程を中心に作業を分担しているので完成までのスピードがはやいんですよ」
しかも、一人の仏師が同じ工程だけを担当するのではなく、荒彫りも繊細な技術を要する装飾部分も満遍なく同時に経験していくことで早期の技術習得にもつながっているのだとか。仏師の技量や仕事量に配慮しながら全工程を統率する明観さんは、プレイヤーでありながらプロデューサー的存在。定朝や運慶らが率いた仏師集団とも姿が重なります。
そんな「松本明慶工房」の作品に共通しているのは、たとえ憤怒の相を持つ不動明王像でも、慈しみ深い表情を湛えていること。作品を眺めていると自然と心が癒され、穏やかな気持ちになるから不思議です。
1400年以上にわたり、日本人の暮らしに根づいてきた数々の仏像。「松本明慶工房」からは、私たちの心を慰める優しさに満ちた作品が多く生み出されています。
(左から)獅子に乗る文殊菩薩像、ひときわ繊細な彩色が施された如意輪観音像、弥勒菩薩の化身ともされている布袋尊像。
絶妙なバランスで立つ鬼の像。雨の中を駆け抜ける情景が伝わります。


松本明慶佛像彫刻美術館
「松本明慶工房」が手掛けた大小様々な佛像を鑑賞することができる私設美術館。
館内には100体以上の仏像彫刻作品が常時展示されています。
来館予約及び問い合わせは、「松本明慶工房」まで。
住所:京都市上京区下長者町通室町西入ル西鷹司町16
電話:075-332-7974(松本明慶工房)
開館日:不定期
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料:無料
https://m-myoukei.com/


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